R-18
easeease

I am pleading to the stars.

A5 36P 自家製プリンタ本 ブレイキングバッド ウォルジェシ 小説 ウォルターが記憶喪失になる話。 以下本文抜粋  受付で教えてもらった病室の前にたどり着くと、まずジェシーに気付いたのは弁護士だった。 「おい! こっちだ」  と、弁護士──ソウル・グッドマンが手招きする。派手な柄のネクタイが病院には不釣り合いだ。ジェシーは小走りで彼の元に駆け寄った。 「何があったんだよ。先生が大変って聞いたけど」 「まずは、コレだ」  そう言ってソウルが手のひらに押し付けて来たのは、指輪だった。 「なんだこれ」 「それを着けろ」 「だから、何で」 「左手の薬指だ。サイズは合ってるな?」 「はあ?」  ソウルは弁護士のくせに言葉での説得を諦めたようで、力づくでジェシーの指に指輪を着けようとしてきた。「痛い。バカ、やめろ」 「抵抗するな。さっさと着けるんだ」 「一体何なんだ? 先生が大変なんだろ? まずは先生に会わせろ」 「お前の大事な先生はラボで倒れて頭を打った」 「頭を打った!?」  大変だ。  ソウルを押しのけてジェシーは病室に入ろうとしたが、入り口を彼の手下、ヒューエルがガードしていた。あの巨体を退かすだけの腕力はない。 「安心しろ。命に別状はない。検査も終わった。一晩様子を見るが、明日には帰れる」 「顔が見たい」 「それにはまず指輪を着けろ」  わけが分からないが、指輪を着けないことには病室に入れてもらえないらしい。ジェシーは渋々指輪を着けた。ソウルが満足そうにうなずく。 「じゃあもう文句ねえな」  と、病室に入ろうとしたがヒューエルが退く気配はない。 「ピンクマン。説明を聞け」  ソウルが馴れ馴れしく肩を抱いて来た。顔を寄せて小声で話す。 「ウォルターは命には別条はない……が、ちょっと問題がある」 「問題……?」 「外傷はないんだが、中身に影響が出た」 「中身……その方が重傷っぽいけど?」 「そうとも言えるな。とにかく……ウォルターの脳にちょっとした不具合がある。記憶が消えたんだ」 「記憶が、消えた……記憶喪失ってやつ? マジで? ドラマとか映画でなるやつ? ホントになることあんの?」 「ある。だいたいは一過性で記憶は戻るらしいが……いつ戻るかは分からない。そこでだ、おまえにやって欲しいことがある。ウォルターには大事な仕事があるだろう? その仕事のために──」 「待てよ。勝手に話を進めるな。まだ俺は話が飲み込めてない。まず……先生の記憶がなくなったのはマジなのか?」  ソウルが、神妙な面持ちで頷いた。本当らしい。ジェシーは項垂れて「マジか……」とつぶやいた。 「それで、どんな記憶が消えたんだ? 全部ってことはないんだよな?」  ジェシーはフィクションで得た記憶喪失の知識をかき集めてみる。ドラマになるよう都合よく、犯罪現場を目撃した記憶をなくしたり、恋人のことを忘れたりしていた。日常生活に支障が出るような記憶を失くすことはなかった、と思う。 「全部ってことはない。言葉は話せる、自分の名前も分かってる、化学の知識も残ってるようだ。忘れたのは……今してる『仕事』についてだ」 「仕事……」  脳裏に浮かんだのはクリーニング工場の地下のラボ。公には出来ない作業が行われている。ジェシーとウォルターの二人だけのラボだ。 「今のウォルターは自分が高校の教師だと思ってる」 「この一、二年の記憶が消えたのか?」 「うーん……そう単純な話でもなくて……自分の病気のことなんかはこちらが話せば思い出した」 「へえ……じゃあ、仕事のことも話せば思い出せるんじゃねえの?」 「それとなく言ってみたが、全然ピンと来てないようだった。それに……忘れたのは仕事だけじゃない。家族のこともすっかり記憶から抜け落ちてる」 「家族のことも……」  ウォルターが最も執着しているもの、それが『家族』だ。その家族を忘れた? ちょっと頭をぶつけただけで? 人間の脳とは不思議なものだな、とジェシーは思った。 「そのまま忘れてるなら良かった。だけど、検査を終えた後、看護師がメガネや指輪をウォルターに返したんだ。で、自分は結婚していると知った」 「別にいいだろ?」 「良くない」  ソウルが分かってないな、と呆れ顔になった。分かってなくて結構だ。ずる賢い弁護士の考えなど分からない方が人として正しい。 「ウォルターは『調理』の仕事の記憶がない。自分を教師だと思ってる。そんな状態のウォルターをあの奥さんの元に返したら? どうなると思う?」 「どうなるって……」  なぜ、この弁護士と延々廊下で話し合っていなければならないのか。一刻も早く病室のウォルターに会いたいのに……ジェシーは苛々しながらも考えた。 「奥さんはメス作んのには反対だから……あー……この機会にラボで働くのは辞めさせるって言いだすかな?」 「その通り! なかなか鋭いな」  と、背中を叩かれた。 「記憶を失くしたウォルターをラボで働かせるためにスカイラーが協力してくれるとは思えない。その上、記憶が戻るのがいつになるかも分からない……ガスは長くは待ってくれないだろう。そこでだ。記憶がなくてもウォルターにラボで働いてもらうために、おまえの協力が必要なんだ、ピンクマン」 「先生をラボに連れて行けって?」 「それぐらいなら、私でもヒューエルでも出来る。連れて行けば仕事をする……なんて、現実はそう単純じゃないんだ。今のウォルターは自分を清く正しい高校教師だと思っている。まさか大犯罪者だとは知らない。高校でおまえに教えていた当時のウォルターにメスの精製をしろと頼んで、引き受けたと思うか?」  高校時代のホワイト先生か……ジェシーはすでに遠い記憶となった教師時代のウォルターを思い起こしてみる。頭が良いのは分かってた。ちょっと怖いところもあったけど……今みたいに意地悪じゃなかったし、言う事もまともだったし、不良の生徒とは距離を取っていた……そういう社会のはみ出し者みたいなのに関わり合いたくなさそうだった。 「引き受けないと思う……」 「だろ? な? 今のウォルターは、スカイラーのいう事を聞き入れてしまうだろう。それじゃあ、私もガスも、おまえも困る」  まあ、そうだな、とジェシーはうなずいた。 「そんなウォルターをすぐにでも現場復帰させるために必要なのがおまえなんだ」 「俺に何か出来るとは思えねえけど。記憶を戻す方法なんて分からないし」  ソウルがジェシーの指にはめられた指輪を人差し指で突いてきた。 「ウォルターの結婚相手の振りをしろ」 「……は?」 「まあ結婚したとなると話が複雑になるから、ただ同棲してて、結婚してるも同然のカップルという感じでいこう」 「いこう、じゃねえよ。何勝手に決めてんだ? 先生と同棲してるカップルのフリしろって? そんなん、おかしいだろ? 俺は男だぞ? 先生も俺もゲイじゃない」  はは、とソウルが渇いた笑いを漏らした。 「気付かれてないと思ってるのか? おまえとウォルターがそういう関係だってことは知ってる」 「そういう関係って……」 「おまえの家に盗聴器を着けてたことがあるんだ」  ジェシーは言葉を失い、目を見開いた。盗聴器を着けてただと……? 「その時、何を聞いたか今はあえて言わないが……とにかく、おまえとウォルターの関係を知ることになった」 「ぬ、盗み聞きしたのかよ……! 犯罪じゃねえか……」  震える声でやっと言ったが、ソウルには何の影響も与えられなかったようだ。平然と話を続ける。 「今のウォルターは家族のことすら忘れてるんだ。当然おまえとの関係も忘れてるだろう。でも、高校時代に教えていた記憶は残ってるかもしれない。そこでだ……元教え子で現恋人として接し、ウォルターを信頼させ、ラボで働くように仕向けて欲しい」 「そんなん無理だ……むちゃくちゃだ。例え、俺が恋人だと信じたとしても犯罪に手を貸すとは思えない。昔の先生はマジで真人間だから」 「そこを頑張って犯罪者の道に進ませるのが腕の見せ所だろ?」  なんの腕なんだか……ジェシーがまだ盗聴されてたショックから抜け出し切れてないというのに、ソウルは肩を抱いたまま病室の入口へと向かっていく。ヒューエルが退いた。ソウルに背を押される。でも、室内に入る勇気はない。ジェシーは入口で踏ん張って中に入らないよう抵抗した。 「ピンクマン。おまえになら出来る。自信を持て」 「出来ない、こんなの無理だ」 「頑張れ」  ソウルと押し合っていたが、ヒューエルがジェシーの肩を一突きして勝負はついた。ジェシーはバランスを失って、ふらふらと室内に入ってしまう。  足音に反応したのか、眠っていた様子のウォルターが目を開いた。とっさに逃げようと後ろを振り返ったが、入り口をヒューエルの背中が塞いでいる。退路は断たれた。  こちらをじっと見つめるウォルターに、ジェシーはとりあえず笑顔を見せてみた。 「……よ、よう」 「君は?」 「俺は……その、ジェシー・ピンクマン……」  もじもじしながらウォルターが寝るベッドのそばに立つ。ウォルターが不思議そうに見上げ、目を細めた。 「ジェシー……ピンクマン……見覚えがある」 「え? マジで?」

A5 36P 自家製プリンタ本 ブレイキングバッド ウォルジェシ 小説 ウォルターが記憶喪失になる話。 以下本文抜粋  受付で教えてもらった病室の前にたどり着くと、まずジェシーに気付いたのは弁護士だった。 「おい! こっちだ」  と、弁護士──ソウル・グッドマンが手招きする。派手な柄のネクタイが病院には不釣り合いだ。ジェシーは小走りで彼の元に駆け寄った。 「何があったんだよ。先生が大変って聞いたけど」 「まずは、コレだ」  そう言ってソウルが手のひらに押し付けて来たのは、指輪だった。 「なんだこれ」 「それを着けろ」 「だから、何で」 「左手の薬指だ。サイズは合ってるな?」 「はあ?」  ソウルは弁護士のくせに言葉での説得を諦めたようで、力づくでジェシーの指に指輪を着けようとしてきた。「痛い。バカ、やめろ」 「抵抗するな。さっさと着けるんだ」 「一体何なんだ? 先生が大変なんだろ? まずは先生に会わせろ」 「お前の大事な先生はラボで倒れて頭を打った」 「頭を打った!?」  大変だ。  ソウルを押しのけてジェシーは病室に入ろうとしたが、入り口を彼の手下、ヒューエルがガードしていた。あの巨体を退かすだけの腕力はない。 「安心しろ。命に別状はない。検査も終わった。一晩様子を見るが、明日には帰れる」 「顔が見たい」 「それにはまず指輪を着けろ」  わけが分からないが、指輪を着けないことには病室に入れてもらえないらしい。ジェシーは渋々指輪を着けた。ソウルが満足そうにうなずく。 「じゃあもう文句ねえな」  と、病室に入ろうとしたがヒューエルが退く気配はない。 「ピンクマン。説明を聞け」  ソウルが馴れ馴れしく肩を抱いて来た。顔を寄せて小声で話す。 「ウォルターは命には別条はない……が、ちょっと問題がある」 「問題……?」 「外傷はないんだが、中身に影響が出た」 「中身……その方が重傷っぽいけど?」 「そうとも言えるな。とにかく……ウォルターの脳にちょっとした不具合がある。記憶が消えたんだ」 「記憶が、消えた……記憶喪失ってやつ? マジで? ドラマとか映画でなるやつ? ホントになることあんの?」 「ある。だいたいは一過性で記憶は戻るらしいが……いつ戻るかは分からない。そこでだ、おまえにやって欲しいことがある。ウォルターには大事な仕事があるだろう? その仕事のために──」 「待てよ。勝手に話を進めるな。まだ俺は話が飲み込めてない。まず……先生の記憶がなくなったのはマジなのか?」  ソウルが、神妙な面持ちで頷いた。本当らしい。ジェシーは項垂れて「マジか……」とつぶやいた。 「それで、どんな記憶が消えたんだ? 全部ってことはないんだよな?」  ジェシーはフィクションで得た記憶喪失の知識をかき集めてみる。ドラマになるよう都合よく、犯罪現場を目撃した記憶をなくしたり、恋人のことを忘れたりしていた。日常生活に支障が出るような記憶を失くすことはなかった、と思う。 「全部ってことはない。言葉は話せる、自分の名前も分かってる、化学の知識も残ってるようだ。忘れたのは……今してる『仕事』についてだ」 「仕事……」  脳裏に浮かんだのはクリーニング工場の地下のラボ。公には出来ない作業が行われている。ジェシーとウォルターの二人だけのラボだ。 「今のウォルターは自分が高校の教師だと思ってる」 「この一、二年の記憶が消えたのか?」 「うーん……そう単純な話でもなくて……自分の病気のことなんかはこちらが話せば思い出した」 「へえ……じゃあ、仕事のことも話せば思い出せるんじゃねえの?」 「それとなく言ってみたが、全然ピンと来てないようだった。それに……忘れたのは仕事だけじゃない。家族のこともすっかり記憶から抜け落ちてる」 「家族のことも……」  ウォルターが最も執着しているもの、それが『家族』だ。その家族を忘れた? ちょっと頭をぶつけただけで? 人間の脳とは不思議なものだな、とジェシーは思った。 「そのまま忘れてるなら良かった。だけど、検査を終えた後、看護師がメガネや指輪をウォルターに返したんだ。で、自分は結婚していると知った」 「別にいいだろ?」 「良くない」  ソウルが分かってないな、と呆れ顔になった。分かってなくて結構だ。ずる賢い弁護士の考えなど分からない方が人として正しい。 「ウォルターは『調理』の仕事の記憶がない。自分を教師だと思ってる。そんな状態のウォルターをあの奥さんの元に返したら? どうなると思う?」 「どうなるって……」  なぜ、この弁護士と延々廊下で話し合っていなければならないのか。一刻も早く病室のウォルターに会いたいのに……ジェシーは苛々しながらも考えた。 「奥さんはメス作んのには反対だから……あー……この機会にラボで働くのは辞めさせるって言いだすかな?」 「その通り! なかなか鋭いな」  と、背中を叩かれた。 「記憶を失くしたウォルターをラボで働かせるためにスカイラーが協力してくれるとは思えない。その上、記憶が戻るのがいつになるかも分からない……ガスは長くは待ってくれないだろう。そこでだ。記憶がなくてもウォルターにラボで働いてもらうために、おまえの協力が必要なんだ、ピンクマン」 「先生をラボに連れて行けって?」 「それぐらいなら、私でもヒューエルでも出来る。連れて行けば仕事をする……なんて、現実はそう単純じゃないんだ。今のウォルターは自分を清く正しい高校教師だと思っている。まさか大犯罪者だとは知らない。高校でおまえに教えていた当時のウォルターにメスの精製をしろと頼んで、引き受けたと思うか?」  高校時代のホワイト先生か……ジェシーはすでに遠い記憶となった教師時代のウォルターを思い起こしてみる。頭が良いのは分かってた。ちょっと怖いところもあったけど……今みたいに意地悪じゃなかったし、言う事もまともだったし、不良の生徒とは距離を取っていた……そういう社会のはみ出し者みたいなのに関わり合いたくなさそうだった。 「引き受けないと思う……」 「だろ? な? 今のウォルターは、スカイラーのいう事を聞き入れてしまうだろう。それじゃあ、私もガスも、おまえも困る」  まあ、そうだな、とジェシーはうなずいた。 「そんなウォルターをすぐにでも現場復帰させるために必要なのがおまえなんだ」 「俺に何か出来るとは思えねえけど。記憶を戻す方法なんて分からないし」  ソウルがジェシーの指にはめられた指輪を人差し指で突いてきた。 「ウォルターの結婚相手の振りをしろ」 「……は?」 「まあ結婚したとなると話が複雑になるから、ただ同棲してて、結婚してるも同然のカップルという感じでいこう」 「いこう、じゃねえよ。何勝手に決めてんだ? 先生と同棲してるカップルのフリしろって? そんなん、おかしいだろ? 俺は男だぞ? 先生も俺もゲイじゃない」  はは、とソウルが渇いた笑いを漏らした。 「気付かれてないと思ってるのか? おまえとウォルターがそういう関係だってことは知ってる」 「そういう関係って……」 「おまえの家に盗聴器を着けてたことがあるんだ」  ジェシーは言葉を失い、目を見開いた。盗聴器を着けてただと……? 「その時、何を聞いたか今はあえて言わないが……とにかく、おまえとウォルターの関係を知ることになった」 「ぬ、盗み聞きしたのかよ……! 犯罪じゃねえか……」  震える声でやっと言ったが、ソウルには何の影響も与えられなかったようだ。平然と話を続ける。 「今のウォルターは家族のことすら忘れてるんだ。当然おまえとの関係も忘れてるだろう。でも、高校時代に教えていた記憶は残ってるかもしれない。そこでだ……元教え子で現恋人として接し、ウォルターを信頼させ、ラボで働くように仕向けて欲しい」 「そんなん無理だ……むちゃくちゃだ。例え、俺が恋人だと信じたとしても犯罪に手を貸すとは思えない。昔の先生はマジで真人間だから」 「そこを頑張って犯罪者の道に進ませるのが腕の見せ所だろ?」  なんの腕なんだか……ジェシーがまだ盗聴されてたショックから抜け出し切れてないというのに、ソウルは肩を抱いたまま病室の入口へと向かっていく。ヒューエルが退いた。ソウルに背を押される。でも、室内に入る勇気はない。ジェシーは入口で踏ん張って中に入らないよう抵抗した。 「ピンクマン。おまえになら出来る。自信を持て」 「出来ない、こんなの無理だ」 「頑張れ」  ソウルと押し合っていたが、ヒューエルがジェシーの肩を一突きして勝負はついた。ジェシーはバランスを失って、ふらふらと室内に入ってしまう。  足音に反応したのか、眠っていた様子のウォルターが目を開いた。とっさに逃げようと後ろを振り返ったが、入り口をヒューエルの背中が塞いでいる。退路は断たれた。  こちらをじっと見つめるウォルターに、ジェシーはとりあえず笑顔を見せてみた。 「……よ、よう」 「君は?」 「俺は……その、ジェシー・ピンクマン……」  もじもじしながらウォルターが寝るベッドのそばに立つ。ウォルターが不思議そうに見上げ、目を細めた。 「ジェシー……ピンクマン……見覚えがある」 「え? マジで?」